あなたへの手紙・日向真理愛

未完成の人生を生きる私が「あなたに会えてよかった。」そう手紙を書きます。

あなたへの手紙✨小さな種の旅

物語になりました。

いつもより  少し長いのですが

お読み頂けたら  幸いです。

 


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蓮の種

 

梅雨空の始まりの頃から  暑い盛りに

たっぷりと水を満たした

柔らかな大地に根をおろして 

蓮は花を咲かせます。

 

それから暫くして

実を結んだ蓮の種 

種には精が宿ります。

 

蓮の精は種の中で

ゆっくりと水の中に落ちていきます。

 

途中で小さな虫が呼び掛けます。

「まだ起きないの?遊ぼうよ。」

蓮の精は答えます。

「今眠ったばかり」

 

それでも虫たちは一緒に遊びたくて

固く包まれた種をつつきます。

「ねぇ、遊ぼう。」

蓮の精は遊びたくなりました。

 

でも、今外に出たら

蓮の花が咲けなくなることを思い出して

「まだ今は  その時ではないの。」

そう言って、そっと目を閉じました。

 

虫たちは諦めて

何処かに行ってしまいました。

 

 

深い眠りについていた蓮の精が

大きな音で目を覚ましました。

ザリガニがハサミで蓮の種を叩いています。

「良い音がするなぁ。」

「誰か居る?」

蓮の精は目覚めたばかりで

答えることができません。

 

トントントン。トントコトン。

リズムを刻んでザリガニが種を叩きます。

蓮の精はその心地好いリズムの響きに

また眠りに落ちていきました。

 

どのくらい経ったでしょう

蓮の精は体がコロコロと転がるのを感じて

目を覚ましました。

それは随分長い時間に感じられました。

 

揺れがおさまると 

周りのざわめきが聞こえてきます。

「こんなに揺れるなんて怖かったね。」

「私の子供たちを知らない?」

「あ~💦痛くて動けない。」

いろいろな声が聞こえてきます。

 

そうしているうちに

蓮の実は土の中深く

どんどん埋まって行きます。

 

落ちて行くような不思議な感覚の中にいて

蓮の精は『何があったの?』

心配と不安で泣き出しそうです。 

 

 

「大丈夫。少し大地が動いただけです。」

 

何処からか聞こえる声に

蓮の精は辺りを見回します。

けれど真っ暗で何も見えません。

 

蓮の精は

不安に押し潰されそうになりそうです。

『どうしよう。外に顔を出してみようかな』

 

『まだその時ではありません。』

今度は蓮の精の内側から声が響きました。

 

『今目覚めれば花咲くことないでしょう。』

ハッキリと聞こえてきます。

 

蓮の精は  響いて来る声に

そっと耳を澄ましていきます。

 

すると  不思議なことが起きました。

 

蓮の精が種の中に包まれる前に見た

花が咲いている風景や

葉を広げ芽を出した時の景色が

次々に浮かんできます。

 

眠っている間に忘れていた

美しい花を咲かせている蓮の姿を

ハッキリと思い出したのです。

 

蓮の精は考えます。

沢山の哀しみや苦しみの声が聞こえて

不安で暗闇の中に落ちていくけれど

今目覚めたら  きっと

大きな渦に呑み込まれてしまう。

 

そして花を咲かせることも

次に実をつけ種子となることも

叶うことはないだろう。

 

蓮の精は哀しみや苦しみや

不安の暗闇の中に

とどまることを決めました。

 

地の底に落ちていく種の中で

外側から聞こえる声を聞きながら

じっと心の声に集中します。

 

なかなか声は聞こえてきません。

 

哀しくて泣きました。

寂しくて泣きました。

怖くて震えて泣きました。

『このままずっと暗闇にいるのだろうか』

と、不安になります。

 

グルグル  ゴロゴロ転がりながら

泣き疲れた蓮の精は

しんとした静かさに気付きます。 

 

そして 

頭が冴えていくことに気付きました。

 

目を閉じたままなのに 

目の前に明るい光がさしてきました。

 

『あっ』

目を閉じた瞼の裏側に 

蓮の花が咲く池が浮かんできました。

懐かしい香りがしてきます。

暫くうっとりとしていた蓮の精でしたが

頭に浮かぶ映像に

時が流れていることに気付きます。

 

それからの蓮の精には 

泣いてる暇はなくなりました。

その代わりに 

せっせと蓮の池の世話を始めたのです。

 

勿論  体は蓮の種の中です。

じっと動かないまま。

冴えた頭が映像にした

瞼の裏に浮かぶ想像(夢)の世界で。

 

日照りが続いた乾きの中で  

空に向かって祈ります。

雨の恵みがありますように。

 

嵐の夜に雷の光の中で

空に向かって祈ります。

どうか穏やかでありますように。

 

人の子が  土を耕し

暮らし始めるのを見て

祈ります。

命の糸が続きますように。

 

そうして  何千年の時の中で

蓮の精は  大地の深くまで沈んだ種の中から

いつか咲く日を迎えると信じて

ずっと祈り続けました。

 

精は蓮の命そのものでした。

 

 

 

いつしか大地の上には  沢山のビルが建ち

道はアスファルトで覆われて

誰も蓮の池があったことも

蓮の実が埋まっていることも知りません。

 

そんな時  街の再開発が決まりました。

今迄建っていた建物を壊します。

地震に強い大きな建物を建てる為に

地中深く迄掘り進め 

基礎を作る工事が始まりました。

 

蓮の精は  どうしているでしょう。

 

そうです。

蓮の精は  ずっとずっと祈り続けていました。

 

花咲くように…。

いいえ

この世界を瞼の裏に描きながら

穏やかでありますように。

命が繋がりますように…。と。

 

地中に埋まっていた 

蓮の種が  見つかったのは   

それから暫くしてのことでした。

 

ある研究者の手によって

大切に大切に調査され  

活きていることを信じて貰ったのです。

 

 

『芽を出す実験』

をしてみることになったのです。

 

蓮の精は蓮の実の中で

眠り続けた後  ずっと祈り続けていました。

 

この世界が美しく在るように…。

 

蓮の実が発芽するのに丁度よい

土があり  水があり  光がありました。

 

『その時が来ましたよ』

明るい日の光がささやきます。

 

ゆっくりと蓮の実は

外側の硬い皮を柔らかくして

眠っていた力を1つずつ1つずつ…。

目覚めさせていきます。

 

蓮の精は

それを嬉しそうに見守ります。

 

いよいよ蓮の実の皮が破れて

蓮の精は外の世界へと出ていきました。

見たこともない世界

でも

大地が有って  お日様の光に包まれて

風が渡り  雨が降ることは変わりません。

 

静かに蓮の成長を見守って

世話をし続けました。

そして  この世界が美しく在るように

穏やかで在るように

祈り続けていました。

 

ある日のこと

蓮の蕾がやっと膨らみ始めました。

 

蓮の精は涙をこぼして喜びました。

 

『命が繋がっていく願いを

    叶えてくれてありがとうございます』

心の中に溢れる思いを呟きます。

 

それから  蓮の精は  せっせと

今まで以上に蓮の世話をして見守りました。

 

いつか時は流れ

その場所は  蓮の花が咲き乱れ

人々が訪れるようになりました。

 

あの蓮の精はどうしているでしょう。

 

新しく咲いた蓮の花の一つ一つに

新しい蓮の精が宿りました。

 

その姿を見守りながら

新しい蓮の精と共に

今日も祈っているのです。

 

命の糸が繋がっていきますように。

 

この世界の水が  土が  光が

美しくありますように。

 

そして  蓮の花を見つめる

あなたが幸せでありますように。

mary