あなたへの手紙・日向真理愛

未完成の人生を生きる私が「あなたに会えてよかった。」そう手紙を書きます。

あなたへの手紙✨幸せだなぁ~


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『あぁ…幸せだなぁ~。』と感じる時

心は満たされていて

 

『幸せになりたい…。』と想う時

心は幸せ未満です

 

どちらが  良いとか

良くないとか  思うのでなく

どちらも心の中に有るのだと思います

 

日々  満たされていたならば

満たされているのが普通になって

当たり前になっていくかもしれません

 

幸せだなぁ~。と

いつも  ず~っと思って居られたら

 

でも…。

人だから。

 

欲しいものは

切りがない

 

自分が幸せで  心満たされたら

 

今度は  周りの人のことが気になって

病気がよくなりますように…とか

仕事が上手くいきますように…。

そう  願うかもしれません

 

自分の生まれ育った祖国の

平穏や安寧を

平和な国でありますように…。

災害が起きませんように…と願う

かもしれません

 

そして  満たされて安心したら

海の向こうの世界の国の

不具合や  争いごとが

無くなるようにと願ったり

 

疲れ切った地球を思って

核廃絶や  自然保護へ

望みが広がるかもしれません

 

そうして  いつも満たされたり

時には  幸せ未満で

何かを望んだりして

人に生まれた幸いを

知っていくのかもしれません

 

                           ***

 

人には人のできること

今ならば  今にしかできないことが

きっと  有るのかもしれません

 

誰かの為に美味しい食事を作る人

DIYでお家空間を心地よくする人

歌を歌って届ける人

自分を磨き続ける人

健康を害した人を助ける人

誰かとおしゃべりする人

お散歩する人etc.

 

誰かの用意してくれたのとは

別の世界を  自らが望んで

自分自身が満ちていくように

暮らすのかもしれません

 

無理矢理に捕まえる望みでない

 

時には  今

望むことが叶わなくても

いつか来る  未来の日に

大きな望みが叶うように

祈りながら一日を過ごして

 

人生には  そんな風に暮らす時期が

誰にも訪れるかもしれません

 

今は  同じような境遇で生きる人の

知識が豊富に溢れていて

見習ったり  真似たりして

より暮らしやすさを

工夫できる機会なのかもしれません

 

止まったように感じる世界も

いつもより早く

春一番が吹くこともあるのだから

 

それは  ゆっくり

確かに変わり続けているだけで

木々の芽は一日一日  見えないけれど

膨らみ始めているのです

 

『幸せだなぁ~』と 

いつもいつも感じていると

心の深いところまで 

幸せで満たされて  じんわりします

 

                               **

 

『幸せになりたい』と  思うなら

今  有るものへ

感謝して『ありがとうございます』そう

呟いて  それでも望みが有るのなら

 

心の奥深く  神聖な場所に降りていって

そっと願ってみるのです

『もっと  幸せになりたい』

 

 

叶うのは

明日…?

一年後…?

それとも

百年先の  今日かもしれない…?

お楽しみ…です

 

望みが叶うまで  忘れずに

ただ  ひたすら日常を暮らして

準備して過ごせたら

より満たされていくのかもしれません

 

今の望みは  何でしょう

 

それとも  望みなど見つからない程

『幸せだなぁ~』と

繰り返し  呟やいていますか

 

                            ***

 

幸せは  心の奥で

見つけてくれるのを待っている

 

だから  好きなもの  好きな人に

囲まれて過ごしたり

大切にしてくれる人と一緒にいたり

大切にしたい人と過ごします

 

キツイなら  楽に過ごせる工夫をして

自分の心と共に  正直に暮らせたら

 

本当に『幸せだなぁ~』と

想い続けられるかもしれません

 

同じ空の下

この世界の片隅で

あなたの幸せをお祈りします

mary

あなたへの手紙✨知らない内に


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豆まきが終わり  立春を迎えた大地に

大きな風がやって来ました

 

そんな賑やかな外の世界の音を聞き

冷たい風に吹かれながら

 

知らない内に体調を崩している

母のことを想っています

 

・・・祈りとは

こういうこと…かもしれないと

思ったりするのです

 

それは  決まった言葉やしきたりを

行うのとは  少し違った

心の神聖な場所で  いつもいつも

想うことのような気がしています

 

誰かに頼んで  無事を祈るのも

とても大きなことですが

身近な一人の人として  いつも

大切な人を想うことは 

何より力強いことなのだと感じます

 

                            ***

 

年を重ねると  肉体は変化して

不自由なことが増えていき

それは自然なことだと 

頭では理解できていても

 

今迄できたことが

翌日できなくなることを  一つ一つ

受け入れながら生きるのは

 

高齢化が進む現在では 

誰にも訪れる可能性のある

未来の姿なのかもしれません

 

体が不自由な時

心が自由になっていかれるなら

怖くはないかもしれません

 

きっとそれも

不自由な暮らしの中でしか

分からないことなのだから

 

思い通りにいかないことと

どうやって向き合うのかを

両親の日々の中に見せて貰って

 

自分の年齢の重ね方を

靄のかかる未来の自分に問いかけて

覚悟する…時間を与えられている

そんな気がします

 

無理矢理に型に嵌めたり

理想のままに窮屈に過ごすのは

残念な気がします

 

思いのまま楽しんで

生き切るように…。

 

人様のご迷惑にならないことを

選べる自分で居られるように

 

体の自由がきかなくなっても

祈ることはできるから

いつものように  祈り続けられたなら

幸いに思います

 

何処からかやってくる大きな風が

一歩ずつ春へと誘います

 

この世界は美しい

 

そんなことを感じながら

大切な人の無事を祈って過ごします

 

空も大地も  穏やかでありますように

 

この世界の片隅で

あなたの幸せをお祈りします

mary

 

あなたへの手紙✨関わりの中で


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大好きな人とずっと一緒に

時間を過ごせたら

幸せなのかもしれません

 

生きている限りある時間の中で

出会える人は無限ではありません

 

関わる深さや  親しさも

出会いの全てが

大好きなら素敵です

 

生きているとそうでない

気の合わない人や  嫌いな人

時には憎しみさえ覚える人にも

出会ってしまうことがあります

 

どういう訳か  そんな好ましくない人と

一生を共にする結婚をしていたり

 

血の繋がった自分の子供なのに

馬が合わないこともあります

 

関わった人が  縁を切れる間柄なら

少しずつ距離を空けて 

遠くに去ればよいことですが

 

合わない人に限って

離れることができないような

シュチエーションで出会ってしまう

 

そんな時には  きっと

何か鍵になるような 《課題》

やることがあるのかもしれません

 

それさえ見つけて 

嫌々でも  何とかやってしまえば

全てがひっくり返るように

上手くいく…。

そんなことがあるのかもしれません

 

ボードゲームのオセロの時

最後に  一つの隅を押さえたら

全部が裏返ってしまうような

 

思い浮かべたら 

楽しくなるようなことを

させてくれる為に出会っている人

 

最後まで諦めないで続けなければ

大逆転は味わえないから…。

 

正反対で  理解不能

言葉の通じない

優しさも合わない人は

 

人生の  時々に現れて

 

とても大きな経験を

させてくれる相手かもしれません

 

そんな人に出会っていたら 

《課題》を終わらせるチャンスです

 

もしかしたら  明日  

鍵が見つかって  解放される…?

かもしれません

 

それは  その人からの解放ではない

自分の気持ちの中にある

 

嫌いと感じる感覚や

憎しみという感情や

面倒な説明や

大きなお世話から逃げたくなるような

 

《思い》から  解放される

笑ってしまえる日が来るのです

 

鬼は外…。

豆まきをするように

福は内…。

 

 

有ったことみんな  『なるほど』

そう思えるように変わってしまう

不思議な終わりが訪れる時は

もう直ぐかもしれません

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

人と人の出会いは

どんな出会いも 

いつか別れへと行き着きます

 

そこまでは

縁の糸に結ばれて

 

学び合い  

与え合い  受け取り合って

豊かになっていきます

 

人生を豊かに彩るものは

もしかしたら  喜びや

楽しみの中にだけあるのではなくて

 

小さな痛みや  苦しみや

寂しさや  憎しみの後に訪れる

瞬間の中に存在して

 

冬の日の厳しさを過ごした

春に咲く花のようなもの

かもしれません

 

暦の上では

明日には春がやってきますが…。

 

 

 

命が動き出す

春の日の祝福を感じる

この世界の片隅で

あなたの幸せをお祈りします

mary

あなたへの手紙✨心 柔らかに


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緩やかに  奥行きを持ってふれあうと  

不思議に相対するものからも

同じような空気を感じて 

嬉しくなります

 

特別なことは何もない

其処に在るだけのことですが

 

どんな風に在るのかは

自分のことだから 

決めてもよいような気がします

 

心の中に想うのは

嬉しくなるようなことばかりにして

柔らかく居られたら

 

不思議に  体も軽やかに動き出し

 

頭は  すっきり整理され

直ぐ目の前の  できることが

見えてくるかもしれません

 

心と体と頭

想い(感情)と  行動  と  思考  は

いつも互いに作用して

 

一つがよくなることで

他の  全体の自分にも

影響を与えていくのかもしれません

 

そうして  

心がいつも

心地好い方へ  明るい光の指す方へ

向いていかれたら  素敵です

 

ただ  心を柔らかくしているだけで

周りの世界が変わっていって

心地よく  暮らしよく居られるようで

 

それは  誰かも同じ…かもしれません

 

認めてくれる一言や

誉められたなら 

もっと嬉しくなるでしょう

 

求めていることばかりだと

残念な気持ちを抱きます

 

遠い未来のことばかりなら

息切れてしまうかもしれません

 

今日の日のよいこと  一つなら

見つけられるような気がします

 

寒い日に  春を待つ

ハナミズキの芽を見つけたり

 

霜が溶けた草がキラキラと

輝くのを見つけたり

 

ずっと食べたかったスイーツを

食べられたり

 

行きたかった神社へ行って

神様に  お陰様で…。

そう  感謝を伝えられたり

 

大切に思う人が健やかだと

電話をくれたり…。

 

何もない…そう想う日

 

お日様が明るく照らしてくれて

嬉しくなってみることも

とても素敵な  よいこと一つ

 

 

柔らかな心がくれる

優しい時間を過ごしたら

 

・・・春はそこまで来ています

 

辛く  重苦しい

冷たい風が吹き抜けて

 

心柔らかに居られますように…。

 

冷たいけれど

明るい大地の片隅で

あなたの幸せをお祈りします

mary

あなたへの手紙✨感謝


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日々の暮らしの中で

感謝することばかりになって

いつもいつも《ありがとう》を呟きます

 

そうしていると

また  次の有り難いことに出逢うから

また《ありがとう》と

声に出して伝えます

 

《ありがとう》は 

暮らすこと…それ自体で 

 

生きることは 

感謝の連続なのかもしれません

 

・・・・・・・***・・・・・・・

 

感謝することに理由を探すと

なかなか  見つからないですが

 

それでも  食事をする時などは

多くの命によって

生かされているのを感じたり

 

水分によって  渇きを癒されたり

味覚が  美味しいと感じたり

よい匂いに  心が安らぐかもしれません

 

場合によって

人によって  各々に

命が満たされていくような気がします

 

体が喜んでいるのを感じるなら

尚更  感謝したくなる…。

 

いつもいつも  そんな食事が頂けたら

体が元気で居られるかもしれません

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

《ありがとう》は

言った人

受け取ったものに

ほんの少し  力を与えてくれる

魔法の言葉のような気がします

 

・・・例えそれが 

気のせいだと感じても

 

感謝したくなったら

躊躇わず  声に出して伝えられたら

 

自分も  伝えた相手も(ものだとしても)

輝くような気がします

 

『いつも感謝している。』その気持ちは

伝えることで  何倍にも

膨らんでいくような気がして

得した気分になるかもしれません

 

今在ることに  感謝して

《ありがとう》を伝え合える

それだけで…。

 

昨日とは違う今日が

今から始まって

 

今日とは違う明日を迎える

変化が作り出せるかもしれません

 

でも…きっと

このブログを読んでくださる皆様は

毎日沢山の感謝をして

《ありがとう》を

声に出しているような気がします

 

冷たい風が木々を揺らして

通りすぎていく

 

同じ空の下

あなたの幸せをお祈りします

mary

あなたへの手紙✨命のこと


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命の時間は

生まれた時に 

だいたい決まっているのだと

 

幼い日  祖母から

《人は一生の内に食べる米粒の量を

    決められて生まれてきていて

    食べきらなければ死ねないのだ》と

聞かされたのを  ふと思い出します

 

祖母は明治生まれで  気丈な人でしたが

六十代半ばで祖父を亡くした境遇の中

 

決められたお米を食べきることで

この世でのお勤めが終わるのだ と

 

孫の私に話ながら 

もしかすると  自分自身にも

まだ終わらない人生を思って

生きるしかないのだと

言い聞かせていたのかもしれません

 

苦労の沙婆と言いながら

それから二十年以上の歳月を

一人で過ごし 

 

九十六年の生涯を終えた

その時に  見たものは何だったのか…。

 

そして  生まれた時に決められたという

お米を食べきって逝ったのだろうか…と

 

身近な一人の人の人生に想いを馳せます

 

                            ***

 

命のことを想う時  

不思議と  亡くなった人を思います

 

思い浮かぶ  どの顔も

同じ命の輝きで  わたしの中に…。

 

関わり方や  近しさに違いはあっても

命として  尊さは同じような気がします

 

亡くなった時

若くても  年齢が高くても

重要な役割を持っていても  いなくても

 

頭脳明晰でも  そうでなくても

資産を持っていても  いなくても

 

心の中に居る  その人々は

皆  生きていたということだけが

共通しているだけで

 

この世界から死によって去って  

同じ世界にはもういないのですが

 

心の中の扉を開けると

よい思い出も  そうではない

やり直したくなりような思い出も

その人として  鮮やかに蘇ります

 

                         ***

 

生きている人を思う時

人は  当たり前ですが

生きているから  刻々と変わり続け

 

沢山の周りのものから影響を受けていて

その人自身を見るのは難しく感じます

 

生きていると 

毎日いろいろなことが起こって

 

自分のこと

自分に関係あること

全く関係ないのに見えてくること

 

情報が溢れている今日には

当たり前になった

遠くにある知らなくてもよいこと

(知らなくても生きていけること)を

知って混乱することもあるのです

 

一人の一生の中には  とても出てこない

あらゆる情報が飛び交い 

それらは  此方の都合に関係なく

流れていきます

 

それは  ある時には安心する要因で

またある時には 不安に結び付いて

《わたし》というものの一部になって

 

命は  そうやって

様々なことに触れ  膨らんだり萎んだり

して時間を過ごしてい時を刻みます

 

それでもきっと

必要なことしか起こらない…。

 

生まれた時に決まっているかもしれない

お米の数を食べきって

この世界から去っていく時

 

その一人一人の命の重さ  尊さは

同じで在るような気がします

 

各々に変わるのは  生きている

この世界に遺された人の想いで

 

惜しんだり  悔やんだり

一緒にいたいと想ったり

 

生きたかっただろうとか

幸せな人生だったとか

 

亡くなり方や  この世界に居たことを

好きなだけ思うような気がします

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

生きている時間は  なかなか

自分の思い通りにはなりません

 

お米の数をどれだけ食べきれば

良いのかも知らされてはいないから

 

生きていて  自分の力の及ぶ世界で

命を燃やして過ごします

 

大きな出来事に出逢った時は

ただひたすらに  今へと

身を尽くし

 

自分の命を大切にするように

誰かの命も大切に思って

 

生きていることの素晴らしさを

いつもいつも感じながら

行うことに力を尽くして過ごすだけ

 

一つの命として  この命を

全うするのだと言い聞かせながら…。

 

自分という未知を大切に過ごすこと

それだけが確かなことだと思うのです

 

晴れた空を見上げて

何処かで誰かも

同じ空を見上げていると

・・・嬉しくなって

 

春を待つ  大地の片隅で

あなたの幸せをお祈りします

mary

あなたへの手紙✨迷いの中で


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迷い無く  いつも

自分の行いに

自信を持って居られるのなら

 

心軽やかで居られるかもしれません

 

人だから…迷うことも

一歩踏み出せないことも

 

動き出すことも 

時には止まることも

あるのかもしれません

 

往ったり来たりする

心のモヤモヤを抱えながら

悩んだり  苦しんだり

 

それでも

最後に選ぶのは自分だから…。

 

一つ一つの行いが

後になれば《わたし》として

跡を残していくのかもしれません

 

そんな時

背中を押してくれるものに出逢えたら

 

例え  行うことは何一つ変わらなくても

心が  少しは強く軽やかで

居られるような気がします

 

背中を押されて 

『自分はこれでよいのだ。』と

 

不思議なくらい  素直に思えるような

そんな瞬間に 

いつもいつも出逢えたら

何をしても楽しくなるかもしれません

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

きっと  それは

ささやかな日常の中に

時々煌めく  朝露のように

 

儚くて  見つけにくい

小さなことのような気がします

 

例えばそれは  お天気で

出かけようとした日に  雪になって

予定した場所に行かれない時

残念に思うでしょう? 

でも  もう一つ頭に浮かぶのは

《行かないことが正解だった…。 》

かもしれないと思ったりするのです

 

雨予報だったのに

春が来たように暖かい日になって

やりたかったことが  

《今でしょう…。》と 

言っている気がしたら

あっという間に用事が

終わっていくこともあったりして

 

それから

いつもなら簡単に会いにいけるのに

体調が優れなかったり

いろいろなことが重なって

どうしても会えないような時には

・・・そう言うことなら

《今  会う時ではない?》

かもしれないと  思ったりして…。

 

なんだかとても  守られているようで

 

背中を押されたり

引き留められたりすることに

出逢っているような気がします

 

 

物事や現象は  分からなくて

迷うことも多いけれど

 

『自分は…。』と 周りの世界の

全てを 

判断してしまったり

 

何を聞いても  何を見ても

皆  もっともで 

全てが正しいようなのに感じるのに

よくよく見たら  正反対のことだったり

 

そんな風に

自分のことが分からなくても

誰かの心配までしていたりして

 

モヤモヤして

よく分からなくなった時には

大きく深呼吸してみます

 

きっと人(わたし)の手にはおえないと

 

ちょっと下がって  手を後ろに

黙って  ただ此処に居ることにして

 

暫くそうしていたら 

なるように

背中を押されるようなこと

引き留められるようなことetc.が

起こるような気がします

 

それはゆっくり訪れて

控えめで見えにくく  

けれど  確かに

やって来るような気がします

 

お天気も

体調も

状況も

変わることを恐がらないで居られたら

モヤモヤしないかもしれません

 

思ったことが  思わぬことへ変化して

 

自分の思い通りにはならないけれど

 

調度よくなっていくなら

 

そんな経験を繰り返しして

・・・やっぱり  これでよい

 

『わたしは  これでよい』と

素直に思うことができるよう

 

包まれて

守られていると  感じられるなら

 

心に有ったモヤモヤは 

あっという間に消えて無くなって

しまうのかもしれません

 

できることは 

本当に  小さなことで

 

一つ一つ  積み重ねていくことしか

できないけれど

 

それでも  何かに

『大丈夫。』と  言われた気がしたら

 

自信を持って居られるかもしれません

 

愛の道しるべを探して

心の中の幸せに気付いたら

最強で居られるような気がします

 

青空を  刻々と雲が隠していくけれど

また  晴れる日が訪れるから…。

 

湿気で緩んだ空気の中で

同じ空の下

あなたの幸せをお祈りします

mary