もし 抱えきれない程の苦しみを
あなたが感じているのなら
その苦しみが 何ものなのか
知ってみたいと思いませんか
自分のこと だから
一番分かっているようだけど
本当は
知らないことが 一杯です
それは ノート一冊が埋る程
沢山のことかもしれないし
信頼する誰かにも
一晩では語りきれないことかもしれない
想いを込めて唄うには 何曲も
声をからして叫んばなければならない
かもしれないけれど
それをやらずに
諦めてしまったら
自分の苦しみを
知る機会を 永遠に失ってしまうから
あなたの苦しみを語って
自分の外側に出して
見て 知っていてほしい
と 思ってしまう…。
・・・それは わたしの想うこと
自分の心の苦しみを
塊にして抱え込んでいた 過去にいた
わたしの想い
何をしても 苦しくて
だれと居ても 苦しくて
それは 自分の外側のものに
何か原因があることは 少なくて
自分の心が 苦しみで一杯で
まるで方程式に当てはめたように
いつか 答えは《苦しさ》へ
導かれていったから
苦しいことで 見えないものや
苦しいことで 蝕まれていくものや
苦しいから できないことが
確かに 有る…。
そんな気がして
けれど それをなくしてしまったり
見ないふりもできなくて
苦しいだけを抱えて
自分一杯生きるのは
・・・本当に凄いけれど 大変で
いつか 『もういいよ』
そう思った時に
命を手放す その前に
自分の苦しさを語り尽くせるなら
苦しさは 少し違うものへと変わる
気がするのです
そうして 少しずつ時間を過ごして
苦しみと 他の何かにも
出逢えるようになったから
・・・知ってほしくなるのです
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せっかく恵まれた苦しみを
(今だからそう思います)
自分しか知らない
苦しいほどの想いなら
きっと 何かが隠れている…そう
思うようになりました
苦しんだから辿り着ける場所へ
行かずに終わってしまうのは
モッタイナイ
そう 思うようになったのです
この苦しみを抱えて生きる
そこに隠された意味を知るには
苦しい想いを
言葉や歌や 絵や何かの形に変換して
外に出して
正体を見つけるのが
解りやすいような気がします
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苦しみを語るのは
ちっとも楽なことではなくて
苦しさをまた呼び起こして襲われる
とても厄介なことだけど
苦しみを語り尽くさなければ
分からない
大切な意味があるような気がして
それはたぶん
自分にしか分からない
語ることで 自分の外側に出して
見て 知って 感じて
自分の一部だった苦しみを
自分の外に出すことで
離れられるようになる
・・・かもしれないと思うのです
何を感じるかは
人 各々
そこから 何処に向かうかも
人 各々
だけど
苦しみを 外へ語り尽くしたら
苦しさは
あなたの一部ではなくなって
ただの苦しみに
なるかもしれない…。
『あ~苦しかった』『そうだった』と
知るだけなのに
別の何かになっていったら…。
それまでは
一杯時間をかけて
抱えきれない苦しい想いを
語り続けていてほしい
暑い日には ボーッとした頭が
身体や心を見えなくするけれど
あなたは 此処に
あなたの苦しみや哀しみも
此処にある
誰も代わって担えない
人生から贈られた
《苦しい想い》
心の中から 物語を語るように
言葉や歌や絵にして
想いを形にできますように…。
暑かった一日が 終わっていきます
夕方の涼しい風が吹き抜ける
同じ大地の片隅で
あなたの幸せをお祈りします
mary